おまえはタナカを知っているか

と、聞かれたのがフィリピンのフィリピン・パブのおねーさん。なんか言い方がおかしいですが。まあ、現地の話。

タナカか、スズキか、正確な名前も覚えていない。日本人としてはなんかポピュラーな名前だった記憶だけはある。

こっちが困っていると、おねーさんがプライベート・ヒストリーをやったくれたのですが、要するに悪いニッポンッジンに乗り逃げされて、ガキも生まれて困っているという話。

おまえ、知らないか、と言われても困る。「タナカはよーけおるからなあ」と言っても、おねーさんには通じない。すでに、目も据わり始めていたりする。おお、やべー。

フィリピンには日本のヤクザなんかも結構入り込んでいて、現地のヤクザと連携プレイをしていたりするのですが、それはともかく。
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在フィリピン邦人行状
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          特に氏名を秘す

小生は○才の老男で、日本政府 ODA の建設プロジェクトを管理する民間コンサルタントに勤務しており、○才の時にフィリピンへ来て10年になります。あと半年ほど勤務する予定です。

本日は是非、「こんなことが世の中にはある」ということを知って頂きたいと思い、拙文を差し上げる次第です。おそらく貴兄には想像だにしなかったことが、ここフィリピンで起きているということです。

即ち、海外での我々と 同世代人 たちの嘆かわしい振る舞いについてであります。この国では月5万円もあれば、若い女を囲えるという環境がそうさせている面もありますが。

1.年金財政を揺るがす(?)振舞い

これは、例えば70才の老男が18才のフィリピン女性と結婚し、間もなくやってくる老男の死後、この若い女性に50年以上も年金を受給する資格が生じるという深刻な話である。

最近、こういう老男が続々とフィリピンにやって来る。60才から 75才くらいまでの老男たちが、法定ギリギリの18才から20代のフィリピン女性と結婚している。

それが千人や2千人ではなく、1万人、2万人の規模である。いずれ近い将来、10万人のオーダーになるのではないかと思われる。

しかも、これがフィリピンだけではなく、タイ、インドシナ3国、はてはカザフスタンなど中央アジアの非イスラム教徒であるロシア人女性と結婚する老男が増えている。

これが日本の年金財政を破綻させる元凶となる日も近いのではないか。日本政府もこれを見過ごすわけには行かないと、これら未亡人への年金支給を5年間に限るという方針を昨年打ち出したが、いろいろ適用の難しいケースもあって、それが法制化されたのかどうか小生は詳らかではない。

2.援助交際

老男のいわゆる援助交際を「民間 ODA」と我々は呼んでいる。最近、小生の見たり聞いたりした事例を記す。

A) 騙される老男

数年前、ある開発計画調査で4、5回、当地へ来た A(68才)は、地方の有名高校―東大経済学部―某大手銀行とまあまあのエリート人生を歩んで来た。アメリカにも長期間駐在していたという。

当事務所へは JBIC(日本国際協力銀行)元理事が自らの天下り先として作ったコンサルタント会社から派遣されて来た。

彼は、仕事中全くそれらしきことは感じさせなかったが、夜な夜なホテル近くに立つ女を物色しているとの噂が立った。

また異様なほど熱心にポルノ CD を収集していた。何回か来ているうちに「あの爺さんは相当なタマだ」という説が定着した。

その A が先日、小生に長文のメールを送って来た。その要旨は「今は引退して年金暮らしをしている。フィリピンで知り合った女子看護学生2人に学資支援を続けて来たが、資金も底を尽いた。支援を引き継いで貰えないか」というもので、延々と細かい事情が書かれていた。

私はこれを読んだ瞬間、「A は騙されている」と直感した。運転手の月給が1万ペソ(2万5千円)そこそこの国で、学資支援が毎月10万ペソの単位だからである。

A がこういうことを他人にヌケヌケと頼んで来たのは、女達からかなり深刻な脅し、例えば「養育費」などの請求訴訟を突き付けられて切羽詰っているのではないかと思った(なお、養育費の対象となる子供たちの父親は彼女らのボーイフレンドであろう)。

B) 逃げる老男

10年近く日本―フィリピン間を往復していた B(62才)は元某コンサルタントの地質エンジニアで、その後1人コンサルとなって下請をやっていたが、国内の仕事が殆どなくなり、時々弊社フィリピンでアルバイトをやって来た。

日本の女房と離婚して、フィリピンに小さな家を構え3人の子連れ女(30才前後)を住まわせ、毎月2万ペソの生活費を与えていた。

彼がこの女に惚れているのかと思いきや左にあらず、若い女を手当たり次第に追い回していた。

では、何のためにこの4人の母娘の面倒を看ているのか、それは「老後の介護を頼むため」だという。

3ヶ月ほど前、レイテ島の現場にいた B のところに腹の大きくなった若い女が訪ねて来て、ホテルで急に産気付き赤ん坊が生れるというハプニングがあった。

その直後、B は逃げるように帰国した。ホトボリが醒めるのを待っているのだろうが、赤ん坊が成人するまでホトボリは醒めない。

残された母娘4人には相変わらず生活費を送金してはいる。何故なら生活費がなければ、女が家を売却してしまうからである。フィリピンでは外国人は不動産を所有できないから、誰もが女の名義で家を買うしかない。

C) 悲惨な老男

この話の前段は「C(60才)は仙台で長年不動産業を営み、相当な資産を貯えた。 10年ほど前からフィリピンに遊びに来るようになり、5年前に女房と離婚して 18才の素人娘と結婚した。

今は3才の子が居て、最近まで親子3人日本で暮らしていたが、C が脳梗塞で倒れ右半身不随になった。

(小生の)友人が帰国した折に C を見舞ったが、ワイフが甲斐甲斐しく世話しているのを見て痛く感心した。

ワイフがマニラで介護したいと言うので、友人がいろいろ移住の手続きなどを手伝った。

C は資産を息子達に分与し、本人は1億円ちかく持ってフィリピンへ移住し、既に購入してあったマニラの高級マンションに落ち着いた」というもの。

先日、友人が C を見舞いに行った。前もって電話して行ったのにワイフは外出してしまい、携帯に電話しても通じない。

マンションの彼の部屋に足を一歩踏み入れた途端、異臭が漂い、掃除も洗濯もしていない様子だった。C は友人に会うなり「酷いことになった」とロレツのよく回らぬ口調で「マニラへ戻った途端、ワイフの態度が一変した。

預金通帳もマンションの権利証もワイフが隠し持ち、リハビリに病院にも行かせて貰えず、看護婦も雇わず、5人も6人も親戚が寄食して、自分は言葉も分らず、日がな一日車椅子に座ってボーっとしている」と。

しかも「近々、アパリ(ルソン島北部)にあるワイフの実家に預けられる。そこで人知れず死なされるしかない」と寂しげに語ったという。


上記の類の話はいくらでもありますが、老男の結末は概ねこういったものです。元気な時は「その時はその時」とばかり無我夢中に若い女にむしゃぶり付いていますが。


これは我が世代特有なものなのか、それとも古今東西変わらぬものなのか、多分、後者ではないかとは思います。以上。

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ということで、日本人の脳みそがむちゃくちゃ馬鹿になっているのではないか。モンスター・ペアレントを笑えないですね。